2022年1月23日(日)、高知県「歯と口の健康フォーラム」オンライン座談会を開催しました。
住み慣れた地域で元気に生活していくためには、健康上の理由で日常生活が制限されない「健康寿命」を延ばすことが重要です。そのためには歯と口の健康が必要不可欠です。健康寿命の延伸にいかに取り組むべきか、東京大学高齢社会総合研究機構機構長 東京大学未来ビジョン研究センター教授・飯島勝矢氏、高知県健康政策部長の家保英隆氏、高知県歯科医師会会長の野村和男氏にお話を伺いました(飯島氏はオンラインで参加)。聞き手はフリーアナウンサーの森田真由美さん。
オンライン座談会 出席者
飯島 勝矢 氏
東京大学 高齢社会総合研究機構 機構長
東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
家保 英隆 氏
高知県健康政策部長
野村 和男 氏
一般社団法人 高知県歯科医師会会長
県民にとって気になる「健康寿命」について教えてください。
飯島 健康寿命とは、健康上の問題がなく、自立した日常生活を送ることのできる期間です。2019年の厚生労働省のデータでは、日本人男性は72.7歳、女性は75.4歳が健康寿命だといわれています。平均寿命との差を見てみると、男性は8.7歳、女性は12.1歳で、これが要介護の期間にあたります。この要介護の期間をいかに短くするか、国民の頑張りどころです。さまざまな老化のサインを意識していただいて、「フレイル予防」によって健康寿命を延伸していただきたいと思います。
「フレイル」とはどのような状態でしょうか?
飯島 フレイルは、虚弱や衰弱を意味する英語の「frailty(フレイリティー)」を語源とする造語で、健康と要介護の間の心身が虚弱な状態を指します。「外出の機会が減る」「おいしいものが食べられなくなる」「活動的でなくなる」などがフレイルのサイン、危険信号だと考えてください。
千葉県柏市で、自立して暮らしている高齢者2千人を無作為に抽出し、260項目の調査を行ってその経年変化を見る「柏スタディ」を行っています。その中で、「しっかりかんで、しっかり食べること」「体を動かすこと」「社会参加をすること」、この三つを三位一体で行うことでフレイルを改善することができる、可逆であることが分かってきました。
中でも、口に関する「オーラルフレイル」は重要なポイントです。口の機能はさまざまな筋肉によって維持されていますので、かみ応えのあるものを食べたり、口まわりの運動をするなどして鍛え続けることが大切です。
意識したい「食力」
判断基準について教えてください。
飯島 柏スタディの知見から、オーラルフレイルを判断する有効な項目を六つに絞りました。①残っている歯の数が20本未満、②かむ力がやや弱い、③舌の力がやや弱い、④滑舌がやや悪い、⑤歯応えのあるものが食べづらい、⑥熱いものや汁物を飲むとむせるーのうち、三つ以上該当すれば、オーラルフレイルの状態です。日常生活には支障のないささいな衰えですが、適切な対応をしないままにしておくと、口の機能が低下し、食べることが難しくなり、心身の機能低下に陥る負の連鎖を引き起こしてしまいます。六つの項目すべてに該当しなかった人と、三つ以上該当した人を比べると、該当した人の方が身体的フレイルが進んで要介護になる確率が2倍以上になります。ささいな衰えに早めに気づき、食べる力「食力」をアップしていくのが、オーラルフレイル予防です。
「食力」を高めるために必要なことは何でしょうか?
飯島 いろいろな要素で下支えされています。もちろん、口の機能を高めることが最も重要です。そのほか、いかに多種多様な食材を食べるかという食の知識や、全身の筋肉の状態も関係します。唾液分泌を抑制する薬が食力を阻害していることもあります。
75歳を過ぎても「痩せなくては」と思っていらっしゃいますが、そろそろメタボリック症候群予防からフレイル予防へと考え方を切り替えていただく必要があります。バランスよくしっかり食べて筋肉を維持することで、加齢による筋力の低下「サルコペニア」を防ぐことにつながります。
歯周病予防で「8020」
県も健康寿命の延伸に取り組まれていますね。
家保 2010(平成22年)に「日本一の健康長寿県構想」を策定し、保健・医療・福祉の分野で取り組んできました。20(令和2)年3月に第4期を策定し、三つの柱を打ち出しました。その一つが「健康寿命の延伸に向けて」です。
本県は、平均寿命・健康寿命ともに女性は全国平均よりも長く、男性が短い状況です。そのうち65歳よりも少し手前の年齢層の健康状態が悪く、生活習慣病、中でも糖尿病対策が大きな柱であると考えています。
高齢者が多い本県では、フレイル対策を介護予防につなげていくことが重要で、フレイル予防ガイドラインを策定し、市町村が主体となって高齢者の健康づくりに取り組んでいます。第2期に策定した「高知県歯と口の健康づくり基本計画」の中では、80歳で自分の歯が20本以上ある(8020)人の増加を目標に、歯周病対策に重点的に取り組んでいます。歯周病は歯を失う主要な原因疾患で、糖尿病やさまざまな全身疾患と深い関係があります。
歯周病と糖尿病の関係
歯周病と糖尿病は、どのような関連があるのでしょう?
家保 歯周病があると糖尿病になりやすく、悪化しやすいといわれています。実際に、糖尿病の患者さんで歯周病を患っている人は多いです。糖尿病では、高血糖の状態になって白血球の動きが悪くなり、体内に入った細菌などを攻撃する能力が下がって免疫力が低下します。そうすると、さまざまな炎症が出てきますし、感染症にもかかりやすくなります。歯周病に罹患すれば炎症が起こり、炎症物質がインスリンを効きにくくして糖尿病が悪化、さらに免疫が下がってくるという悪循環に陥ります。両方を治療すれば改善します。
野村 私の実体験をお話します。14年前に友人のクリニックで血液検査を受けた際、「糖尿病予備軍」だと診断されました。それでも、酒量も多く不規則な生活を続けるうちに、口腔内に気づきがありました。毎日ブラッシングとデンタルフロスで入念にケアをしていたのに、歯がグラグラして出血し、4本抜けました。慌ててクリニックに行くと、HbA1cが10.9(6.5以上で糖尿病が強く疑われる)とかなり進行した糖尿病の数値が出ました。
これではいけないと思い、1年8カ月前から投薬治療とともに、毎朝70分のウォーキングを行い、朝食はしっかり、昼食は軽めに、夕食はごく少量にして改善を試みました。すると、半年で検査数値が改善され、体重が10㌔減少しました。歯周病も治り、現在24本の歯が残っています。先ほど家保部長がおっしゃったように歯周病は糖尿病と密接な関係があること、飯島先生にお示しいただいたようにフレイルは可逆であることを、身をもって体験しました。
家保 野村会長のように継続していただけるといいのですが、通常は知識ややる気があっても行動に結びつかない方が多いです。1人では難しいので、グループで取り組んだり、会員制交流サイト(SNS)などで宣言して周りの人たちに励ましてもらったりするとよいですね。県としても健康教育や啓発事業に取り組んでまいります。
かかりつけ歯科医を
県歯科医師会では、どのような取り組みをしていらっしゃいますか?
野村 「栄養の入口」「活力の源」として、口から食べることはとても重要です。口の健康を守ることが、健康寿命を延伸につながることは証明されています。
そのためには、歯磨きなどのセルフケアだけでは限界がありますので、歯科医師や歯科衛生士によるケアで口の環境を整えていただきたいですね。本県では、定期的に歯科に通ってプロフェッショナルケアを受けている人は十数パーセントです。まずは、3カ月に一度のチェックの重要性を知ってもらい、かかりつけ歯科医を持っていただけるよう啓発しています。
歯周病予防には、かかりつけ歯科を持ち、定期健診により歯石除去、歯科保健指導を受けることが重要です。また、歯周病を予防し、健康な歯を保つことはオーラルフレイルの予防にもつながります。
安心して受診を
歯周病ケアとオーラルフレイル予防は、かかりつけ歯科でのケアが必要ということですね。
飯島 歯科以外の医療者も関わっていくべきです。口は専門性が高いので、歯科で診てもらうことが大事です。かかりつけの医師から「口は健康の入り口。かかりつけ歯科を持つべきです。それがあなたにとってプラスになりますよ」と患者に声を掛けることが重要です。私もこの点をしっかり伝えていきたいと思います。
野村 コロナ禍の中、歯科治療を怖いと感じる方もいらっしゃるようです。しかし、マスクの着用で口の中の環境が悪くなったり、受診控えにより虫歯や歯周病が進んでしまった患者さんもいらっしゃいます。歯科では、換気はもちろん、感染症に対して標準予防策(スタンダードプリコーション)を取っており、消毒・滅菌を徹底しています。マスク、グローブ、フェースシールド、ゴーグルなどを着用し、患者さんに安心して治療を受けていただける予防策を取っています。これまで歯科で感染が広がった事例もありません。
ぜひとも定期的なケアにより、口の環境を整え、歯周病やオーラルフレイルを予防して、健康寿命の延伸につなげていただければと願っています。
――本日はありがとうございました。
高知新聞掲載
啓発リーフレット